ちえの木の実の本棚

たくさんの物語に手をのばせる本の森のなかから、これぞ!という本を選りすぐった「ちえの木の実の本棚」を覗いてみてください。

ユリの便箋

著者
森川成美
出版年
2026年
出版社
静山社
定価

1540円(税込)

時は、第一次世界大戦終戦の翌年、大正18年。
そっくりな一卵性の双子、ユリと惺(さとる)は、富豪に嫁いだ叔母を頼りに佐賀から上京しました。
ユリはデザインを学ぶために。惺は洋裁を学ぶために。
なんと、男子校の美術私塾には男装したユリが、女子校の服飾専門学校には女装した惺が、互いになりすまして通学することになりました。

夢のためなら、男に/女にだってなれる!とがむしゃらに学ぶふたり。
ユリは、憧れの図案家、若宮から直に手ほどきを受けられ、幸せな日々でした。
たった一人、人の本質を見抜く第六感の持ち主、「おまえ、女だろ」と鋭く言いあてた赤松も、ユリとは違う目的で上を目指していました。
それは、徴兵猶予のある、帝都美術学校への合格。
「お国のため」と、男性も女性も、夢より優先されてしまう「戦争」という現実が、そこにありました。

前半は、ユリと惺の目を通して、性別や地位の違いに翻弄されながらももがく姿が描かれます。
ユリの観察眼やアイデア、惺のセンスと生地へのこだわり。一意専心するふたりの姿が眩しく映ります。
ところが、徴兵の影が近づいてくる後半。赤松も、惺も、若宮先生も、焦燥や決意、覚悟の表情を隠しきれません。ユリに、女性に、できることはないのか・・・・・・。

レトロで洒落た図案の『ユリの便箋』、このタイトルの本当の意味を知るとき、戦争に苦しんだ過去をもっと知ろう、受けとめよう、と思うはず。
芸術を愛する若者が、時代に押し流される悲しみ。
戦争によって芸術が「役に立たない」ものと見なされる苦しみ。
そして、無数の、未来の芸術家を失った、戦争という罪。

時はたち、ラジオから赤松の声が流れてきます。
「戦争はいけません。(中略)なにかを創りあげることができる人の能力をどぶに捨て、良いものをいつくしみたいという、人の心を壊すんですよ」
当時の人々の、叶わなかった未来を私たちは背負っているんです。
ならばすべきことはただ1つ。同じ過ちをしないこと、です。
最後の章「白い雲」を閉じたとき、新たな覚悟をもって未来を掴みたい、そんな一歩を踏み出す自分に出会えるでしょう。