表紙の彼の足が唯一踏んでいるのは、鋼鉄の綱。
太さは2センチ。
これは、地上から400メートルの上空で、実際にあった話です。
フィリップ・プティは、若き大道芸人。
ボールが3つあればお手玉をするのと同じように、タワーが2つあればその間を歩くことが、彼にとっては至極自然なことでした。
1974年8月7日、遥か上空にそびえ立つその2つのビルは、建設中でした。
彼はそのビルを見上げて思います。
「あそこで 綱渡りがしたい!」
そう思ったらもう、いてもたってもいられません。
友人たちの手を借り、事前に警察に阻止されないよう、夜中に作業を始めます。
ビルへそっと忍び込み、エレベーターがあるフロアまではそれを使い、あとはかついで180段の階段をのぼります。
運んだのは、およそ200キロもある鋼鉄の綱。
ビルからビルへ綱をつないだ矢を放ち、綱を渡し固定する一大作業を終える頃には、夜明けとなっていました。
彼らがいるのは、とてつもない高さの上空です。
すぐそばを鳥が舞い、風が踊り、遥か彼方の眼下にひろがるのは、列をなす小さな車に、砂粒ほどにも見えない人々。
そして彼は、踏み出します。
バランスをとるための、ただ1本の棒だけを手に。
ビルへ忍び込んでからの息をのむ時間、綱を張る時の緊張感、彼がその1歩を綱に乗せるときの張りつめたものと、浮遊感のあいまったもの……。
今はもう無くなってしまった世界貿易センタービルを、自らの偉業とともに人々の記憶に刻んだひと時は、40年以上の時を経て、当時を知らない人の記憶にも、この絵本をもって、新たに刻まれることになるでしょう。
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