その作品数の多いことからも、「日本のアンデルセン」と呼ばれる小川未明。
「未明」は、正しくは「びめい」とよむことは、あまり知られていない。
同様に、『赤いろうそくと人魚』という作品があり、 これには、子どもの頃に教科書などで出会った人が多いが、 他にも、ほんとうに多くの物語が遺されていることは知られていない。
『野ばら』という作品がある。
二つの諍いの無い国の国境に、それを示す石碑があり、 互いの国からただ一人ずつの人間が、これを守るため置かれた。 一方の兵士は老人で、もう一方は青年だった。 他に人もなく、することもなく、 いつしか二人は互いに尊敬し合うことのできる友になった。 みつばちの羽音で朝を迎え、挨拶を交わし、 将棋を差し、小鳥の唄に耳を澄ませ、故郷を語らう時を過ごした。 そして日は経ち、突然に戦争が始まった。 昨日まで友であった二人は、敵同士になった。 一人は前線へ。そして、いま一人は石碑と共に残された。 老人は友を思い、その無事を案ずるものの、遠い戦場からの音は聞こえない。 報も無く、焦燥の日々を過ごす。 そして、彼に会ったのは、束の間の夢の中。 老人へ黙礼をし、国境の傍らに生きる野ばらの香りを懐かしみ、 そして、もう青年はそこにいなかった。
教訓 ─ そう、捉えることもできる。 確かに、無くした命と同じものは、もう二度とかえらない。 「人は、自らが生み出すことのできないものは、消し去ってはならない」のである。 だがしかし。 そっと深い海の底で小さく光を放つような、どんな人の心にも響く梢のざわめきのような、 手のひらに包み込むことのできる、一粒の光玉。 大人だからこそ受けとめることの出来るものをも込めて、 小川未明は遺してくれたのではないだろうか。 |